休み 

  仕事や家族、また、金銭につての責任が迫って来て、あまりにも耐えられない事があるときに、答えがあります! 聖書の、マタイによる福音書第11章28-30節に記されてあります。「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

  神はわたしたちに、休みの模範を、与えられます。 平均の取れた生活を保つことが大切です。 聖書の、創世記第2章3節に記されてあります。「神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである」。

  休みが真の礼拝を可能にします。 聖書の、出エジプト記第20章8-11節に記されてあります。「安息日を覚えて、これを聖とせよ。六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざもしてはならない。あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた」。

  休みは神からの賜物ですあり、究極計画の一部です。 聖書の、へブル人への手紙第4章9-11節に記されてあります。「こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。なぜなら、神の安息にはいった者は、神のみわざをやめて休まれたように、自分もわざを休んだからである。したがって、わたしたちは、この安息にはいるように努力しようではないか。そうでないと、同じような不従順の悪例にならって、落ちて行く者が出るかもしれない」。

  あなたの救いに休みがあります。 聖書の、イザヤ書第30章15節に記されてあります。「あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る」。