希望は、神がわたしたちにして下さったすべての事を、覚えている事から来ます。 聖書の、ローマ人への手紙第5章1-2節に記されてあります。「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。わたしたちは、さらに彼より、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる」。

  落胆している時は、あなたの望みをキリストに置きなさい。 聖書の、詩篇第42編11節に記されてあります。「わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう」。

  希望は他の価値ある長所に動機を与えます。 聖書の、コロサイ人への手紙第1章5節に記されてあります。「この愛は、あなたがたのために天にたくわえられている望みに基くものであり、その望みについては、あなたがたはすでに、あなたがたのところまで伝えられた福音の真理の言葉によって聞いている」。

  希望は、復活の約束を覚えている事によって、成長します。 聖書の、テサロニケ人への第一の手紙第4章13節に記されてあります。「兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである」。

  あなたの心から希望を見つけなければなりません。 聖書の、エペソ人への手紙第1章18-19節に記されてあります。「あなたがたの心の目を明らかにして下さるように、そして、あなたがたが神に召されていだいている望みがどんなものであるか、聖徒たちがつぐべき神の国がいかに栄光に富んだものであるか、また、神の力強い活動によって働く力が、わたしたち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、あなたがたが知るに至るように、と祈っている」。